ASIAはABBAを目指した。

ジョン・ウェットンというミュージシャンほどさまざまなロックバンドを渡り歩いた人はいないんじゃないか?正式に加入していたバンドだけでも

1969年ごろ〜
Mogul Thrash
Mogul Thrash

1971年〜
ファミリー

1972年〜
キング・クリムゾン
『Larks' Tongue In Aspic / 太陽と戦慄』
太陽と戦慄(紙ジャケット仕様)

1974年〜
ロキシー・ミュージック
『Viva! Roxy Music
Viva Roxy Music

1975年〜
ユーライア・ヒープ
『Return To Fantasy / 幻想への回帰』
幻想への回帰(紙ジャケット仕様)

1978年〜
U.K.

1980年〜
ウィッシュボーン・アッシュ
『Number The Brave』

1982年〜
エイジア

その合間合間には、友人でもあるプログレ系のミュージシャンのアルバムやライブに参加している。
ピート・シンフィールド (元キング・クリムゾンの詩人)
ピーター・バンクス (イエスの初代ギタリスト)
ブライアン・イーノ (元ロキシー・ミュージックのキーボード)
フィル・マンザネラ(ロキシー・ミュージックのギタリスト)
ブライアン・フェリー(ロキシー・ミュージックのボーカル)
スティ−ブ・ハケット(元ジェネシスのギタリスト)
1980年ごろにはフランスのプログレバンド
アトール 『Rock Puzzle』へのゲスト参加をはじめ、
自身のソロアルバムも作っている。
ジャック・ナイフ
『I Wish You Would』これは名作!

全米1位になったエイジアで一気に名を上げた彼は、曲作りの上手さ、コブシをほとんど使わない歌唱法で歌の上手さにも定評があるが、もちろんベースのテクニックも抜群で、これら関わったバンドがどれもこれも個性的でしかも相当の演奏技術を持った集団ばかりで、その中で大活躍しているのだから本当に凄い。僕の好きなのはやはりキング・クリムゾン
『太陽と戦慄』での彼のベースですね。これほど強烈なアドリブ演奏ができるベーシストはいないでしょう。

ところが本人は”プログレハイテクベーシスト”というより「売れ線」な曲を作ることの方を昔から目指していたようだ。もう30年くらい前だが、インタビュー時にABBAの歌を口ずさんでいたのでびっくりした記者が聞くと「POPが大好きで、普段はABBAやビートルズなども愛聴している」とのことで、僕はとても意外に思った記憶がある。だからエイジアは彼のその指向性が成功に導いたといえるのだろう。(ABBAの影響でASIAはアルバム名がAで始まりAで終わるようにした?)
UKのエディ・ジョブソンはもっとテクニックを発揮できる曲作りがしたかったので、仲たがいしたのは道理である。僕はそのあたりの話をエディ・ジョブソンご本人から伺ったことがある。(この体験については別の機会に。お楽しみに!)

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