理想のレコードプロデューサーとは?

http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20060623
(フィル・スペクターについて書いた前回の日記)
フィル・スペクタービートルズのデビューから専属だったらビートルズは偉大なバンドになっていただろうか?
歴史には「もしも」は禁句だが想像するのは面白いねえ。
で、答えはノーだろう。
ジョージ・マーティンビートルズのプロデュースをしたことはビートルズにとってとてもラッキーなことだったと思う。マーティンは音楽大学で音楽の高等教育を受けた人物だ。クラシックはもちろん、ロック、ソウルからジャズなどあらゆる音楽に通じており、ビートルズが求めたストリングスやホーンセクションの作曲をほとんどすべて手掛けている。忘れられがちだがアニメ映画『イエロー・サブマリン』の音楽は彼がオーケストラ部分を作曲している。
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(アルバムの後半はすべて彼の曲)

現代音楽/映画音楽の作曲家としてももっと高く評価されるべきだろう。その彼が才能あふれるビートルズに付いたのだからまさに鬼に金棒だ。メンバーにビアノや他の楽器を教えたのも彼だし、複雑なコードやリズム、などの音楽理論もいろいろアドバイスした。『イエスタデイ』や、彼が間奏でピアノを弾いた『イン・マイ・ライフ』などなど彼のおかげで名曲となりえた曲も多い。だが、まあここまでは優秀なプロデューサーなら当然できることだろう。

ジョージ・マーティンの本当に偉大なところはここからだ。彼はメカにめちゃくちゃ強かったのだ。レコーディングには最先端の機器(楽器も含めて)が使われる。これは現代でも同じだが、機器は日進月歩で進化する。これらの機能を的確に把握し、使いこなすことは当然だが、アーティストがどういう場面でどういう表現がしたいのか、そのためにはどんな機材を使えば最も早く正確な表現が可能か、これを即座に判断し、アーティストに最大限の表現能力を発揮させるための技術を提供する。これは本当に大変なことで、機器についての勉強もそうだが、相当の経験が必要である。

マーティンが名を挙げたのは1950年代で、俳優ピーター・セラーズが出した何枚かのレコードによってである。これはコメディドラマ作品で、セラーズら役者による台詞はもちろんだがさまざまな効果音や音の「組み合わせ」や、いわゆる劇伴に冗談音楽や前衛音楽を取り入れたりと、当時としては画期的な内容だった。僕は聴いたことはないが『スネークマンショー』のようなものだったらしい。この時にマーティンは最先端の録音技術と自ら作曲した音楽を駆使してこれらの作品を作り上げ、キャリアを積み上げていった。

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(ピーターセラーズはハリウッドの人ではなく、イギリス出身だよ!)

だから後にビートルズからとんでもないアイデアが出されて曲を作らねばならない時、マーティンは「よしよし、おじさんにまかせなさいっ!」とばかりシタールやメロトロン、シンセサイザーのような様々な斬新な楽器を使ったり、『レボリューション9』のような音のコラボ(現代音楽では「ミュージックコンクレート」などと呼ばれる)をホイホイと作ってみせた。何しろもともと新し物好きで、ユーモアセンスもあって、彼自身も楽しんでいたきらいもあるのだが、音楽そのものよりも、「音を使った何かを作る」というのが実は彼の真骨頂だったようだ。ビートルズの曲で『トゥモロー・ネバー・ノウズ』、『イエロー・サブマリン』、『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』、『アイ・アム・ザ・ウォルラス』、『愛こそはすべて』、アルバム『アビーロード』の後半のメドレー部分などは本当に彼がいなければ成立しなかったろう。特に『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』は当時のテープレコーダーは最先端のものでも4トラックしかなかったのに、他のスタジオのレコーダーを借りてダビング(コピー)をくり返して作り上げたものだ。アナログ時代の音の編集は実際ダビングする(音の劣化が激しい)か。収録したテープを切り張りする(切り損なったらおしまい)しかなく、それであれだけの完成度の曲を作ったのである。音楽的な知識&音作りの経験とテクニック。これを持ち合わせているプロデューサーは世界でもそれほど多くはいない。
だから。
もしマーティンがいなかったらビートルズはただのロックンロールバンドかアイドルバンドで終わっていたかも知れない。いくらアイデア豊かな曲を考えてもその表現を実現できなければ意味がない。彼はビートルズのメンバーの創造力、独自性を引き出しつつ自分の能力を駆使して制作に当たったのだ。ビートルズは本当に彼に足を向けて寝られないね。
その後、
彼の元からポールはもちろんだがアラン・パーソンズナラダ・マイケル・ウォルデンなど今日の売れっ子プロデューサーが育っている。
さて、僕の知っている日本のレコードプロデューサーは楽器ひとつ弾けないどころか楽譜も読めず、メカどころかワープロも使えない、アーティストのアイデアを「そんなのは予算がなくてできない」と潰しまくっていた。こうして潰されて行った才能あるアーティストはこれまで大勢いると思う。だから日本のアーティストが世界で通用しないひとつの理由じゃないかなあ?

ビートルズ・サウンドを創った男―耳こそはすべて
(分厚い自伝だがビートルズファン以外の洋楽ファンも読むべきでしょう)

ベスト・オブ・アラン・パーソンズ・プロジェクト
(EMIスタジオのエンジニアだったアラン・パーソンズは『マックスウェルズ・シルバー・ハンマー』で金づちを叩いているらしい。僕は彼の作ったダイナミックかつ繊細なアルバムが大好きです)

ワイアード
(ギターインストの最高峰ともいわれる、こんなアグレッシブなアルバムまでマーティンのプロデュース。当時50歳!)