ハーフ題材の小説

【ハーフマニア・ネタ】
『ハーフマニア』には、ハーフが主人公の映画や小説、漫画も紹介しているページがあります。皆さんがまず思い浮かべるのは『人間の証明』とか、『ゴルゴ13』、『こち亀』の麗子、アニメ『ヱヴァンゲリヲン』のアスカといったところでしょうか?まだまだそういう作品や架空のハーフたちはたくさんいて、『ハーフマニア』には思いつくまま書いていますので興味のある方はぜひお読みください。

実は、ハーフを描くだけでなく国際結婚や海外へ渡った日本人や来日した外国人(在日外国人)を描く作品も星の数ほどありまして。

今回は『ハーフマニア』には載せ切れなかった作品のうち、芥川賞直木賞受賞作、ベストセラーのいくつかを簡単に紹介します。


第1回(1935年)の芥川賞受賞作、石川達三の『蒼氓 (新潮文庫)』はブラジル移民の物語。神戸からブラジルに新天地を求めて旅立つ貧しい農家の一家の喜怒哀楽を描いた作品である。

1944年の芥川賞受賞作『劉廣福』は八木義徳作。日本の植民地だった中国(旧満州奉天で、日本企業の工場に勤める中国人・劉が主人公。彼のエネルギッシュな生き方と日本人との関係を表現した。


小島信夫アメリカン・スクール (新潮文庫)』は1954年の芥川賞受賞作。敗戦後、東京の進駐軍内にあるアメリカンスクールに研修のためやってくる日本人英語教師たちのそれぞれの思惑を描写した作品で、戦勝国アメリカに対するコンプレックス×憧憬という相反する感情が錯綜し屈折と葛藤が具に描かれている。


後にノーベル賞を受賞した作家・大江健三郎は1958年『飼育』で芥川賞を受賞。『飼育』は戦時中農村に墜落した米軍機から一人の黒人兵が村人の捕虜となり、村の地下倉で「飼育」されることになる。世話係を命じられた少年は最初恐れたものの交流するうちに次第に彼と打ち解けていく。だが最後は凄惨な破綻を迎える…。少年の目を通して人間の尊厳と戦争の悲惨さを説いた作品で、これは後に大島渚監督によって映画化もされた。
飼育 [DVD]


1973年の山本道子の『ベティさんの庭』は戦争花嫁としてオーストラリア人の妻となり豪州に渡った日本人女性の物語。三人の息子に恵まれ一見幸せそうな暮らしでいながらも、異国の中で孤独感に襲われる女性の心理を描いた作品。


森禮子の『[rakuten:daikatsuji:10004730:title]』(1979年芥川賞)はアメリカの退役軍人と結婚しアメリカに住む日本人女性が主人公。強い望郷の念を持ちながら暮らす彼女の他、日本人妻たちの生活や恋愛、寂しさや夢といった心情を書いた作品。国際結婚して在米の姉らをモチーフにしている。


1986年の芥川賞受賞作、米谷ふみ子の『過越しの祭』は、ユダヤ人と結婚した日本人女性を主人公に描いたもの。ユダヤ人の独特の儀式や習慣、日本人に対する偏見などに苦悩する姿が書かれている。米谷自身ユダヤ人作家のジョシュ・グリーンフェルドアメリカで知り合って結婚し、二人の息子をもうけており、自身の体験を元に書き上げた。


1989年(第100回)の李良枝の受賞作『由熙(ユヒ)』は在日韓国人のヒロインがソウルに留学するが、祖国に馴染めず日本に帰ってくるという物語で、実際に在日韓国人2世だった作家・李の体験を元にしている。


2008年の受賞作、中国人作家・楊逸(ヤンイー)著『時が滲む朝 (文春文庫)』は中国の青年民主化運動家が政府の弾圧に会い、残留孤児の日本人女性と結婚して日本に逃れてくる。前半は中国を舞台にダイナミックに展開し、後半は日本を舞台に主人公らの苦悩等心情を繊細に描いた。楊逸の受賞は日本語が母国語でない外国人としては芥川史上初の快挙だった。


井伏鱒二の『ジョン万次郎漂流記 (偕成社文庫)』は1937年の直木賞受賞作。題名通り江戸時代に遭難しアメリカの捕鯨船に救われてアメリカに渡った万次郎少年の物語である。彼は長く本名の「中浜万次郎」と呼ばれていたがこの小説の発表後「ジョン万次郎」の方が通り名になった。ジョン万次郎を扱った小説は井伏以外にもまだいくつかある。


「金儲けの神様」として知られた邱永漢の『濁水渓』は、戦前は日本の植民地だった台湾生まれの二人の青年が主人公。二人は東京帝大に留学するが終戦を迎え国民党統治下の台湾に戻ることになる。一人は母が日本人のハーフで、自らのアイデンティティに悩むというストーリーである。これも邱永漢自身の経験を元に書かれた小説であり、直木賞候補になるが落選、別の作品『香港』で1955年に直木賞を受賞した。なお、彼が外国籍で最初の直木賞受賞者となった。


野坂昭如は『火垂るの墓』『アメリカひじき』で1967年に直木賞を受賞。アニメになった『火垂るの墓』ばかり有名だが、同時対象作のアメリカひじき』はごく普通の日本人の家庭に居座るアメリカ人老夫婦を描く物語で、日本人の夫が彼らを歓待しようと悪戦苦闘するコメディ。日本人が持っている外人コンプレックスと慣れない交際ぶりを生き生きと描いている。実はこの作品も『頑張れ!日本男児』というタイトルで映画化(1970)もされている。
アメリカひじき・火垂るの墓 (新潮文庫)


山田詠美芥川賞候補になった『ベッドタイムアイズ』(1985)、そして直木賞を受賞した『ソウル・ミュージック・ラバーズ』(1987)で文壇に颯爽と登場。いずれもアフリカ系男性と日本人女性との性愛を大胆な描写で話題を呼んだ。山田も受賞当時の恋人がアフリカ系米国人で、その後別のアフリカ系米国軍人と結婚している。『ベッドタイムアイズ』は映画化され、主演・樋口可南子の大胆シーンが当時センセーションを呼んだ。
篠山紀信撮影の写真集がある!

「ベッドタイムアイズ」写真集―樋口可南子/マイケル・ライト (講談社MOOK)

余談だが山田詠美は現在芥川賞の選考委員を務めている。面識は無いのだが僕は彼女と同年代で同じ大学に通い、お互いのサークルの部室は向かいにあったのですれ違うくらいのことはあったのだと思う。


2000年に直木賞を受賞した船戸与一の『虹の谷の五月』はフィリピンの寒村が舞台。主人公のトシオはジャピーノ(父が日本人・母はフィリピン人のハーフ)。父に捨てられた母は、トシオを育てるため娼婦になるがエイズで死に、今はトシオは祖父と暮らす。このトシオと村人たちの間で起こる様々な出来事とトシオの成長を綴った長編である。


直木賞受賞作ではないが2004年、大藪春彦賞吉川英治文学新人賞日本推理作家協会賞の三冠を受賞した垣根涼介の『ワイルド・ソウル』はアマゾン開拓のためブラジルに渡った日本人家族が、日本政府の無策のためブラジルで様々な辛酸をなめる。40年後に現地でビジネスを成功させた男が、死んだ妻と弟のために入植に関わった政府の役人たちに復讐を果たす物語だ。


なお1996年に芥川賞候補になったスイス人作家デビッド・ゾペティの『いちげんさん』は京都の大学に留学したスイス人男性と盲目の日本人女性との恋愛物語で、すばる文学賞を受賞。
いちげんさん ICHIGENSAN [DVD]
鈴木保奈美主演で映画化もされている。


イラン人女性作家シリン・ネザマフィは2009年に『白い紙』、2010年には『拍動』で芥川賞候補になった。ハーフマニアでも紹介した荻野アンナをはじめ日本文学界最高峰の芥川・直木賞の世界も、もはや「日本人作家」の独壇場ではないのだ。


外と深く関わった実在の人物をモデルにした小説は『ジョン萬次郎漂流記』以外にこれも山ほどあるので続きはまたの機会に。